ご祝儀もキャッシュレスで渡す時代が到来した―。
TIS株式会社が実施した「令和の“キャッシュレスVS現金”調査」は、日本の消費者の決済意識が変化しつつあることを示した。
日常の支払いはもちろん、現金が「聖域」だった結婚式や葬儀といった儀礼的な場面でさえ、キャッシュレスが無視できない存在となりつつある。
特に20代・30代の若年層は、伝統的な慣習よりも利便性を優先する傾向が鮮明となった。

日常22シーンでキャッシュレスが圧倒的優位に
今回、調査対象となった全30の支払いシーンのうち、なんと22シーンで「どちらも使える場合キャッシュレス派」が現金を上回る結果となった。
これは、国内キャッシュレス決済比率が2024年に初めて4割を超え、国が目指す8割達成が現実味を帯びている現状を強く裏付ける結果だ。
日常生活での支払いシーン(全13シーン)では、約7~8割が「キャッシュレス派」と回答。
キャッシュレスが選ばれる理由のトップは「キャッシュレスの方がラク・スムーズだから」であり、「時短」と「利便性」の追求が、日本の消費者の普遍的な要求となっている。
特に交通手段へのキャッシュレス需要は極めて高く、「高速道路の通行料を支払うとき」83.5%、「電車やバスで乗車料を支払うとき」82.8%と、8割台で上位を独占した。
「スムーズな移動」に対するキャッシュレスの優位性は、もはや議論の余地がない。
また、現状現金での支払いが多い「病院やクリニックで診察料を支払うとき」でも、キャッシュレス利用意向は73.8%に達しており、環境さえ整えば一気に利用が拡大すると推測される。

冠婚葬祭シーンは「二極化」へ:4割超がキャッシュレスを望む若者と現金を守る高齢層の意識ギャップ
今回の調査で最も注目すべきデータは、これまで現金が絶対的な地位を占めていた冠婚葬祭シーンにおける意識の変容だ。
ご祝儀、香典、お年玉といった儀礼的な支払いシーンにおいても、全体で3割以上がキャッシュレス利用意向を示した。
この流れを牽引しているのは、20代・30代の若年層である。
この世代では、実に4割超が「結婚式のご祝儀を渡すとき」にキャッシュレスを選択したいと回答。これは、他年代の比率(60代は15.0%)を大きく上回る。

若年層がキャッシュレスを選ぶ最大の理由は、「現金(新札)の用意が面倒だから」であり、手間を嫌い、利便性を追求する彼らにとって、伝統的な儀礼であっても効率性が優先される傾向にある。
近年、事前振込型のご祝儀が増加している背景には、こうした若年層の強いニーズが影響していることは明らかだ。
一方で、特に高齢層は現金への強いこだわりを見せている。
「結婚式のご祝儀」において、60代の85.0%が現金利用意向を示した。

冠婚葬祭シーンで「現金派」を選ぶ最大の理由は、約半数が回答した「伝統的な慣習だから」である。
現金は単なる経済的な価値の移動ではなく、「現金の方が気持ちが伝わる」という回答も存在し、情緒的な価値を持っている。
東洋大学の川野祐司教授も指摘するように、効率性だけでは測れない慣習や感情が、高齢層を中心にこの領域に現金を留めている。

結論として、冠婚葬祭の決済は今、「利便性を追求する若年層」と「慣習と感情を重んじる高齢層」という二つの価値観が並立する過渡期にあると言える。
対人金銭授受の鍵は「相互運用性」の確保
割り勘や会費の精算など、友人や知人との金銭授受のシーンも、現金の利用意向が高い領域だ。
このシーンで「現金派」を選ぶ理由として、「自分はキャッシュレスで良くても相手が使っていないことがあるから」という回答が、30代~50代で3~4割程度を占めた。

これは、個人のキャッシュレス利用意向は高いにもかかわらず、「相手の決済環境が整っていない」ことが現金を選ぶ決定的な理由になっていることを示している。
逆に言えば、相互に使える決済手段が普及し、相互利用の不安が解消されれば、この対人シーンでもキャッシュレスは一気に主流に転じるポテンシャルを秘めている。

キャッシュレスは「社会インフラ」へ進化する
今回の調査結果は、キャッシュレスが単なる利便性向上策ではなく、社会の慣習や感情にまで影響を及ぼす「社会インフラ」へと進化しつつあることを示している。
TIS株式会社 デジタルイノベーション事業本部 ペイメントサービス事業部長の津守 諭氏も、現金の持つ情緒的な価値を確認できたと述べつつ、「選択肢を持てること」の重要性を指摘している。
今後、世界のキャッシュレス市場で進むように、現金が持つ情緒的な価値を代替・向上させる新たな機能が普及すれば、日本でも政府目標であるキャッシュレス比率8割達成の道筋が明確になるだろう。
利便性を追求する日常シーンでの圧倒的な優位性を背景に、冠婚葬祭や対人金銭授受といった「現金の砦」においても、世代交代と技術の進化によってキャッシュレス化の波は確実に押し寄せている。
しかし、目指すべきはすべてをキャッシュレスに置き換えることではない。情緒的な価値を持つ現金と、効率的なキャッシュレスが共存する環境を整備することが重要となる。
消費者の価値観を尊重し、最適な選択肢を提供できるかどうかが、今後の決済市場の鍵を握ることは間違いないであろう。





