
日本の15歳時点の女子生徒における科学的・数学的リテラシーは、OECD(経済協力開発機構)加盟国の中でもトップレベルの学力を誇る。
しかしその一方で、大学などの高等教育機関におけるSTEM分野の卒業者に占める女性の比率は17.5%と、OECD諸国38カ国の中で最下位に留まっている。
この深刻なジェンダーギャップを解消すべく、東京都と公益財団法人山田進太郎D&I財団が連携し、女子中高生向けのオフィスツアー「Girls Meets STEM in TOKYO」を今夏より開催する。
これに先立ち、6月11日に記者発表会が行われた。
「理系は男子」根強い固定観念が壁に
STEM(ステム)とは、科学(Science)、技術(Technology)、工学(Engineering)、数学(Mathematics)の頭文字を合わせた言葉で、これらの分野は今後の社会の発展に不可欠とされている。
ではなぜ、学力は高いにもかかわらず、日本の女子生徒はSTEM分野への進路選択をためらうのか。
記者発表会で登壇した東京都の松本明子副知事は、その要因として「ロールモデルの不在」と「女子は理系の科目が不得意であるという固定観念」の2点を挙げた。

東京都副知事 松本明子氏
この課題は、都が実施した高校生1万人への調査結果でも裏付けられている。
約4割が「性別で教科の得意不得意があると思う」と回答し、特に女子生徒において「理系は男性が得意、文系は女性が得意」という回答が目立った。
こうした無意識の思い込み(アンコンシャス・バイアス)が、理系分野への進学後や就職後の具体的なイメージを持つことを困難にし、女子生徒が自ら進路の選択肢を狭めてしまう大きな要因となっている。
わずか1社から始まった都の挑戦
こうした状況を打開するため、東京都は2022年度から女子中高生がSTEM分野の企業を訪問し、仕事の現場を体験する「女子中高生向けオフィスツアー」を開始した。
初年度の参加企業はわずか1社、参加した生徒は80名だったが、この取り組みは年々大きな広がりを見せている。
松本副知事は「2年目、3年目に少しずつ拡充し、今回50社以上ということでジャンプアップしている。この課題に対する皆様の問題意識やニーズが、うねりとしてきている」と語る。
2025年度は参加企業が50社以上に拡大し、約2,000人の女子中高生の参加を目標とするまでに成長した。これまで開催したツアーでは、合計定員844名に対し約1万件の応募が殺到しており、そのニーズの高さは明らかである。
ツアー参加者の意識にも大きな変化が見られる。
事後アンケートでは、参加者の97%が「STEM分野で働くイメージが伝わった」と回答。ツアー参加前と比較して「STEM分野で働きたい」と考える生徒の割合は55ポイントも上昇した。
さらに、ツアー3ヶ月後の追跡調査でも97%が高い関心を維持しており、「進路選択に迷っていたが理系に決めた」「将来理系企業に就職するため理系科目を頑張っている」など、具体的な行動変容につながっていることが報告された。
都と財団がタッグ、東京から全国へ
今年度、東京都はさらなる飛躍を目指し、女子中高生の理系進学支援に特化した公益財団法人山田進太郎D&I財団と連携協定を締結した。
同財団は、メルカリCEOの山田進太郎氏が2021年に設立。「2035年までに大学入学数におけるSTEM学部の女性比率を28%まで引き上げる」という目標を掲げ、2024年度から「Girls Meets STEM」事業をスタート。
初年度から全国16社24大学と連携し、1864人の女子中高生に多様なツアーを提供してきた実績を持つ。
連携の背景について、東京都の樋口恵氏は「企業を集めるのが大変だったので、財団のネットワークの力をお借りしたい」と語る一方、財団の榊原佳子氏は「(これまでアプローチできていなかった)興味がない方にも知ってもらうため、自治体さんと連携したかった」と説明。
都の広報力と財団の企業ネットワークや運営ノウハウという、互いの強みを生かした相乗効果を狙い、松本副知事が掲げる「女性活躍の和(WA: Women in Action)」を旗印に、両者は手を取り合う。

東京都生活文化局 女性活躍推進担当部長 樋口 桂氏

公益財団法人山田進太郎D&I財団 Girls Meets STEM事業責任者 榊原華帆氏
夏休み、50社以上の企業で未来に出会う
この夏から共催される「Girls Meets STEM in TOKYO〜女子中高生向けオフィスツアー〜」は、都内在住または在学の女子中高生を対象に、夏休みと春休みに開催予定だ。
参加企業はIT、金融、製造、化学、食品、建設など多岐にわたり、50社以上が名を連ねる。
生徒たちは企業訪問や研究所見学、VRやAIといった最新技術の体験、そして現場で活躍する女性社員との座談会などを通じて、具体的な仕事の魅力や働き方に触れることができる。

公益財団法人山田進太郎D&I財団 設立者兼代表理事/株式会社メルカリ 代表執行役CEO 山田進太郎氏
山田進太郎氏は、「この東京で実現した自治体との協力モデルを第1号として、全国にも広げ、より多くの女子中高生にSTEM領域の仕事に触れる機会を届けていきたい」と展望を語った。
またこの日は、今年度の第一弾として東京都によって設立された外郭団体である一般財団法人GovTech東京のオフィスツアーが記者発表会と同フロアで開催された。
参加した品川女子学院の高校生23名は、東京都のSTEM分野やGovTech東京で働く女性職員による、生成AIを活用したデモンストレーションやパネルディスカッションを通じて、「行政がどのようにテクノロジーを活用しているのか」「テクノロジーの仕事とはどういうものなのか」を学んだ。

STEM分野で活躍する女性職員の話に真剣に聞き入る品川女子学院の高校生たち。

パネルディスカッションの真っ最中には、小池百合子東京都知事も登場。

高校生からの「小池都知事はどのように文理選択を決めたの?」「女性の社会進出についてどのように考えている?」「学生時代に頑張ってやっていてよかったことは?」といった質問にユーモアを交えながらも真剣に答える小池都知事。

「東京の最大のポテンシャルは人であり、その半分の女性のポテンシャルを活かすことがすなわち東京のプラスに繋がっていく。
そして、女性活躍の場をより広げて、企業の皆さんにも参加していただき、より女性が活躍する場を確保できる企業と連携を取ることを具体的に進めている。
そのためにもいくつものロールモデルを作ることが重要だと考えており、あちこちに『あ、先輩がこんなに頑張っているんだ。
そして子育てもやってるんだ」という、いくつものモデルをより増やしていかなければと思っている」と語る小池百合子都知事。

「私は中学受験の頃からずっと数学が苦手で、自分は文系かなって思っていましたが、今日の話を聞いて理系の職業でも意外と文系出身の方がいらっしゃったので、文系だからこの職業とか、理系だからこの職業っていう風に自分の中で線を引かないで、広く見て職業を決めたいなと思いました。
そしてパネルディスカッションで職員の方がおっしゃっていた、自分の好きなこととプライベートと仕事をがっちり分けないで並行してやる“ワークライフハーモニー”がすごく素敵な言葉だなと感じました」と今回のオフィスツアーに参加した感想を語ってくれた品川女子学院の高校一年生・飯塚さん。
この取り組みは、女子中高生が「理系は男子のもの」という見えない壁を乗り越え、自らの「好き」や興味を未来の選択肢へとつなげるための、大きな一歩となるだろう。
だが、そんな時に向かい風になるのが、周囲の人たちの偏見ではなかろうか。
せっかく女子中高生本人の意識が変わっても、「女の子なんだから文系に」なんて大人からの余計な助言が進路を左右することはよくある話。
オフィスツアーをはじめとする生徒への意識改革と同時に、そういった大人の固定観念の変革も必要なのではと考えさせられた。